その他
2025/10/06
ある日、あるクッキー製造メーカーに、消費者からこんなお問い合わせが寄せられました。
「なんだか違う味がする」
一見、曖昧で具体性のないように思える言葉ですが、食品に携わる私たちにとっては非常に重い意味を持ちます。
とりわけ「自社商品の味が変わった」と言われると、開発担当者や製造現場にとって大きなショックとなります。自慢の商品であっても、製造から時間が経過すれば味や香りが変化していくのは避けられない事実です。
特にクッキーのような焼き菓子は、油脂の酸化や湿気の影響を受けやすい食品です。気温や湿度、流通経路や保存状態などの外的要因によっても品質は大きく変化します。つまり、消費者の「なんだか違う」という声の裏には、油脂の酸化や食感の劣化が潜んでいる可能性が高いのです。
しかしながら、この“味の変化”をどのように科学的に確認し、改善へとつなげていくべきなのか。ここにこそ、品質管理部門の腕の見せ所があります。
「味が違う」というクレームが入ったとき、勘や経験だけで対応してしまうと再発を防ぐことはできません。そこで活用できるのが 油脂の劣化指標を測定する検査 です。
代表的なものに「酸価(AV)」と「過酸化物価(POV)」があります。
油脂そのものが既に劣化していないかを確認するための指標。バターやラード、植物油などの原材料の品質確認に有効です。
製品中の油脂がどの程度酸化しているかを数値化する指標。クッキーや揚げ菓子などの加工食品の保存安定性を評価するのに適しています。
過酸化物価は、酸化の進行に伴って上昇していきます。そのため、測定することで「出荷直後は問題なかったが、流通や保存を経ていつのタイミングで酸化が進むのか」を把握することが可能になります。つまり、消費者が口にした際の“味の変化”を科学的に裏付けられるのです。
さらに、これらの検査は賞味期限設定試験にも直結します。製造直後から一定期間ごとに検査を行い、過酸化物価や官能評価を組み合わせることで、製品の「美味しさが保証できる期限」を根拠を持って設定することができます。品質管理部にとって、この“エビデンス構築”こそが企業への信頼に直結する活動なのです。
検査を通じて油脂の劣化傾向を把握できたとしても、それを改善しなければ同じ問題は繰り返されます。ここで注目すべきが包装と保管です。
油脂を多く含む製品は酸素の影響を受けやすいため、酸素バリア性の高いフィルムや脱酸素剤の利用が有効です。窒素置換包装も酸化防止策として広く使われています。
クッキーのサクサク感は湿気によって容易に失われます。水蒸気透過度の低いフィルムや個包装の工夫によって、製品の食感を長期間保持することが可能です。
包装だけではなく、製造後の保管温度や流通経路も酸化や湿気に大きく影響します。冷暗所での保管や適切なロジスティクス設計は、製品寿命を大きく左右します。
重要なのは、むやみに包材を変更することではなく、検査で得られたデータを基に「最適な包装・保管条件」を選定することです。そうすることで、コストと品質の両立が可能になり、クレーム予防にもつながります。
消費者の「なんだか違う味がする」という一言は、品質管理部門にとって改善のヒントであり、企業全体のブランド価値を守るための大切なサインです。
・適切な検査でデータを蓄積すること
・科学的根拠に基づいて賞味期限を設定すること
・製品特性に合った包材や保管方法を選ぶこと
これらを徹底することで、作り手の「美味しいものを届けたい」という思いを、消費者に確実に届けることができます。
品質管理は“守り”の仕事に見られがちですが、実は商品開発やブランド戦略を支える“攻め”の役割でもあります。消費者が安心して手に取り、口にした瞬間に「やっぱり美味しい」と感じてもらえるかどうかは、品質管理の成果次第です。
クッキーに限らず、油脂を使った多くの食品は同じ課題を抱えています。今一度、検査体制と包材設計を見直し、科学的根拠に基づいた品質保証を積み重ねることで、クレームを未然に防ぎ、長く愛される商品を提供していきましょう。
・消費者の声を「品質劣化のサイン」として受け止める
・酸価・過酸化物価の測定で科学的な根拠を得る
・賞味期限は必ず検査データに基づいて設定する
・包材や保管方法を最適化し、クレームを未然に防ぐ
品質管理部門の取り組みは、単なる不良防止ではなく、企業の信頼とブランド価値を支える“最後の砦”です。
食品添加物の不使用表示に関するガイドライン
https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/food_labeling_act/assets/food_labeling_cms201_220330_25.pdf
「令和2年度 食品表示に関する消費者意向調査」
https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/meeting_materials/assets/food_labeling_cms204_210720_05.pdf